1991年に崩壊した「ソ連」ってどんな国だった?旅する前に知りたい知識
ロシアや中央アジア、コーカサス諸国の旅行ガイドブックを読むと、未だに「ソ連」という国が登場します。ソ連が崩壊したのは1991年なので、今から29年前のこと。
1991年以降に生まれた方も多いので、ソ連を全く知らないケースも考えられます。そこで、今回は旅人が知っていたら役に立つソ連に関する最低限の知識を紹介します。
世界の陸地面積の6分の1を占めていた共産主義国家、ソ連


ソ連の正式国名は「ソビエト社会主義共和国連邦」といい、世界の陸地面積の6分の1を占めていた巨大国家でした。人口は約2億9千万人(1991年)、面積は約2240万2200平方キロメートルでした。首都はモスクワです。
ソ連は1917年に起きたロシア革命を起源とし、1922年に建国された社会主義国家です。国家運営はソビエト共産党が担い、資本主義とは異なる社会主義イデオロギーに基づいていました。
会社や農場は基本的にすべて国のもの。会社の生産目標はすべて国が決めていました。ソ連は第二次世界大戦にナチス・ドイツをはじめとする枢軸国に勝利。一時期はアメリカと肩を並べる超大国に成長しました。
しかし、非効率的な社会主義経済により国内経済は低迷。1985年からゴルパチョフ書記長による政治経済改革「ペレストロイカ」が行われましたが、失敗に終わりました。1991年、ソ連は69年の歴史に幕を閉じました。
ソ連から独立した15共和国


ソ連は国名からもわかるとおり、15の共和国が集まった連邦国家でした。1990年以降、次々とソ連から独立しました。ソ連から独立した国家は以下のとおりです。
ウクライナ
ベラルーシ共和国
モルドバ共和国
エストニア共和国
ラトビア共和国
リトアニア共和国
ジョージア
アルメニア共和国
アゼルバイジャン共和国
カザフスタン共和国
キルギス共和国
タジキスタン共和国
トルクメニスタン
ウズベキスタン共和国
15共和国の中で、ソ連の中心にいたのがロシア共和国(ロシア連邦)でした。「ソ連=ロシア」という図式を思い浮かべる方が多いのはソ連が事実上、ロシアを中心に据えていたからです。
しかし、第二次世界大戦に勝利したソ連の指導者、スターリンはジョージア人です。もっとも、スターリンは「ロシア万歳」みたいな政治家でしたが。
ところで、現在のロシア連邦にある「共和国」はまったくの別物です。ソ連時代、ロシア連邦内の共和国はランクが低い「自治共和国」でした。ソ連崩壊に伴い、共和国は独立し、自治共和国は共和国に”格上げ”されたと考えるといいでしょう。
ソ連の共通語はロシア語、今は・・・


ソ連の共通語はロシア語でした。ソ連の各共和国を訪れるとロシア語が通じました。共和国によっては現地語よりもロシア語が通じる場合も。ソ連社会で出世するにはロシア語の習得が必須でした。
現在も旧ソ連諸国では基本的にロシア語が通じます。ただし、例外もあります。それがバルト3国です。2017年にラトビアとリトアニアを訪れましたが、若いラトビア人とリトアニア人にはロシア語は通じませんでした。その代わり、彼ら彼女らは流暢な英語が話せます。
また、ロシアに対して複雑な感情を持つジョージアではロシア語は歓迎されないようです。このように、ソ連崩壊から29年が経ち、ロシア語は微妙な立場に置かれています。
航空路線、鉄道では未だにソ連を感じられる


年月が経つにつれ、ソ連がノスタルジックな存在になっていますが、今でも鉄道や航路を見るとソ連の名残が見られます。
たとえば、ロシア~ベラルーシ間の陸路には国境通過地点がなく、両国民はバスポートチェックなしで通過できます。日本人はロシア~ベラルーシ間の陸路での国境通過は基本的にできません。ソ連時代からロシアとベラルーシの関係は基本的に良好です。
そのため、ロシアとベラルーシの国境は「普通の国」の国境とは大きく異なります。なお、日本人がベラルーシに渡航する際にロシア国内で乗り継ぐ場合とロシア経由でカザフスタンへ渡航する際はロシアビザを取得する必要があります。
また、旧ソ連諸国の線路幅は基本的に1520mmに統一されています。ヨーロッパは1435mmが標準なので、旧ソ連諸国と他国との国境駅では車輪の付け替え作業が行われています。現在でもモスクワから各共和国へと向かう国際列車が運行されています。
コーカサスや中央アジアにある旧ソ連諸国を訪れる際はロシア経由も検討するといいでしょう。また、モスクワにはコーカサスや中央アジアのレストランが数多く存在します。
このように、ソ連は超大国だったので、未だに旧ソ連諸国ではその名残を感じられます。一方、国によってはソ連に対して強いマイナス感情を持つ国もあります。リトアニアではナチスと同じく共産主義のシンボルを公的な場で掲示することは法律で禁じられています。