ギリシャの島々から漁師たちの「家」が消えようとしている
年輪のように深く刻まれたシワ、おでこから頬にかけ転写されたシミ。エーゲ海に浮かぶギリシャの小島パロス島で、漁師として働く男たちがいる。いや、正確に言えば「いた」が正しい。彼らのうちの数人はすでに廃業し、陸の上の家に戻った人も少なくないからだ。
フォトグラファーChristian Stemperは、エーゲ海の歴史や物語を絡めながら、島に生きる漁師たちと、彼らの商売道具(であり第二の家)である、ギリシャ伝統の木製ボートを8年にわたって追い続けてきた。
モノクロの漁師たちと色鮮やかな小舟とのコントラスト、そのはざまにエーゲ海のコバルトブルーの海の色をつい想像したくなる。
「WOLVES OF THE SEA」エーゲ海のラストサムライ
「ある漁師にインタビューを試みたところ、彼はボートから陸にあがりたくないと言い、逆に僕らクルーを舟に招くんだ。でも話を聞いていくうちに、その意味が理解できたよ。
彼らは人生の半分近くの時間をただひとり、海の上でこのボートの上で過ごしている。たとえ漁に出ない日でも、仕掛け網の修理をしたり、舟のメンテナンスをしたり。彼らにとってはこのボートこそが“家”なんだ」
「海の上に生きる」ということ
「裕福な生活なんて無縁だろう。だけど彼らの魂は本当にリッチだよ。苦労の多い仕事だろうけれど、それをみんなが楽しんでいるし、人生を謳歌していることが分かる。モダンなものなんて何ひとつない小舟さ。もちろん、iPhoneもデジタル機器もない。海と、自分のボートと、そこに魚がいるだけなんだよ」
嵐がくれば、風が落ち着くまでじっと待つ。自然のリズムと同化して生きる男たちに、自分たちの日常がどれだけ生き急いでいるかを強く実感させられたとChristianは言う。
1,000年の伝統漁が、まもなく途絶えようとしている
豊かな漁場が豊富なギリシャには、昔から漁業で生計を立ててきた人々が多い。それがEU統合後、共通漁場方針のもとEUはギリシャに漁船が多いことを懸念し、漁師から漁船を買い取る勧誘を行ってきた。それは、実質的に漁業を止めさせることを目的としたものでパロス島のような小舟でさえ、その対象となった。
こうして、伝統漁は少しずつ数を減らしてきた背景がある。そこに危機感を感じたChristianは、海に生きる漁師たちを記録しようとフォトドキュメンタリー「LUPIMARIS」プロジェクトを開始した。 2010年のことだ。
何よりも、海の男たちの協力を得られたことが大きい。カタブツで寡黙な彼らにプロジェクトの意図を説明し納得してもらうところから始めたんだ。ギリシャの小島の小さな港町の漁業文化を写真として記録することは、彼らの生きてきた証でもあるからね。
プロジェクト開始以来、Christianはのべ31人、合計99隻のボートを撮影してきた。だが、すでにそのボートの半数近くはあるじを失い、役目を終え、解体処理され、一部はそのまま港に放棄されているという。
「これはパロス島に限った話ではない」とChristian。若い担い手もほとんどいない現状。1,000年以上続いてきた伝統漁のともしびが、まもなく消えようとしている。