イタリアで生まれたレオナルド・ダ・ヴィンチは、1519年、遠く離れたフランスで67歳の生涯を終えました。庶子の生まれでありながら、自分自身の才能に磨きをかけて当代一の芸術家となり、晩年を時のフランス王の「友人」として過ごしました。

フランス中部ロワール地方のアンボワーズには、レオナルド・ダ・ヴィンチがフランス王フランソワ1世から与えられ、最期を迎えたクロ・リュセ城があります。

「万能の天才」は晩年、この城で何を見ていたのか。天才の面影を探しに行ってみましょう。

探索!レオナルドが過ごしたクロ・リュセ城

アンボワーズへ来たらほぼ100%の人が訪れるアンボワーズ城。この城はレオナルドが晩年にフランソワ1世と親交を深め、手厚く葬られている場所です。

クロ・リュセ城はアンボワーズ城からは真っ直ぐ約800メートル(歩いて10分くらい)の距離にあり、こじんまりした住宅の中に突然大きな門が現れます。

「城」と名前がついてますが、建物の大きさとしては「洋館」といった方がしっくりくる佇まいです。

■詳細情報
・名称:Château du Clos Lucé
・住所:2 Rue du Clos Luce, 37400, Amboise, France
・地図: ・アクセス:Gare d’Amboiseより徒歩25分程度
・営業時間:AM10:00~PM06:00(季節により異なる)
・定休日:12月25日、1月1日
・電話番号:+33 (0)2 47 57 00 73
・料金:大人15.5€、学生11.5€(ハイシーズン価格)
・所要時間:1時間30分程度
・オススメの時期:3月〜10月
・URL:クロ・リュセ城公式サイト

城内に入ると早速レオナルドの寝室、つまり最期を迎えた部屋に入ることができます。

質素ながら細かい細工が施されたベッドがあり、窓からは薄らとアンボワーズ城を臨むことができる部屋です。(お土産屋さんにはレオナルドがスケッチしたアンボワーズ城のコピーが売っています)

あまりの万能の天才ぶりに、本などでは「宇宙人ではないか」と評されたりもしますが、その生活ぶりが垣間見えると、実在していたんだなぁと感じられます。

城内をさらに進むとレオナルドのアトリエが再現されています。

ここには、レオナルドが実際に使った画材や天文学の道具、そして最期まで手元に置き筆を加え続けた3枚の絵のレプリカが飾られています。

画材道具やメモ、測量の道具、顔料などが並んでいると、よりいっそう彼の存在をリアルに感じることができます。

注目は、青色の顔料が残されていること。

青色はレオナルドの作品に欠かせない色でした。彼が生み出した絵画技法「空気遠近法」は、「遠方になればなるほど景色に青みが増す」という現象を絵の中に落としこむ方法だったためです。

厨房には、当時食べられていたものがダイニングテーブルに置かれています。私が訪れたときはケーキやドライフルーツが並べられていました。厨房の暖炉が煤けていて、実際に使われていたものであることがわかります。

見学コースの最後には、レオナルドが手稿(メモ)に残した発明品が所狭しと再現されています。

実際にレオナルドの時代に、彼の発明品やアイデアが実現していれば、人類の進歩はもっと早かったと言われています。確かに灌漑のアイデアが映像で再現されているのを見ると、現代にあっても機能しそうなほど超画期的。

庭にも、レオナルドによって考案された、ヘリコプターのような模型が再現されています。

早くこの世に生まれすぎたのか、逆にこの時代に生まれてきて正解だったのか。歴史に「もしも」はご法度ですが、つい考えてしまう空間です。

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最期まで手元においた3枚の絵

クロ・リュセ城に再現されたアトリエに飾られる3枚のレプリカ。これぞパリのルーブル美術館に展示される、「モナ・リザ」「聖アンナと聖母子」「洗礼者ヨハネ」です。

『モナ・リザ』



世界で一番有名な絵画と言っても過言ではない作品ですが、実はレオナルドが最期まで筆を加え続けた、未完成の作品です。

上に重ねられた指先の部分に、レオナルド独自の絵画技法「スフマート(薄く溶いた絵の具を塗り重ねる方法)」を施していますが、塗り重ねが足りていないことがわかっています。

モデルとされているのは、フィレンツェの商人・フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻、「リザ・デル・ジョコンド」。

しかし、レオナルドの自画像とモナ・リザを重ねると顔の造作がほとんど一致するという説が発表され、モナ・リザはレオナルド・ダ・ヴィンチ自身であるという説が唱えられるようにもなっています。

またモデルについてだけでなく、背景に描かれた場所についても議論されるようになりました。レオナルドが一時期住んでいたイタリアのアレッツォ、アルプスの風景、宗教観の表現、終末の世界の表現……

現在最も有力な説は、彼の宗教観の表現だというものです。向かって右側が現在の風景、左側が水の浸食によって削られた大地。水の循環、浸食、浄化作用が「全ての人間に平等であり、生や死を支配する」という考えを、無神論者であるレオナルドは表現したということ。

モナ・リザのモデルも、背景に描かれたものも全て未解決で、謎に包まれたままです。世界一有名な絵画は、世界一謎に包まれている絵画なのです。

『洗礼者ヨハネ』

真っ黒な背景の中に浮かび上がる、謎めいた微笑みを浮かべる美しい青年。この人物は、イエス・キリストに洗礼を授けた洗礼者ヨハネ。上に向かって指差しているポーズが印象的で、そこにばかり注目してしまいますが、実は十字架をかけて毛皮を纏っています。

天に向けられた指は「私の後から来るものが救世主である」ということを示しています。つまりイエス・キリストが現れるという意味です。

この絵を見たとき、この人は女性なのか、男性なのか、疑問に思いませんでしたか?よく絵画に見る成人後の洗礼者ヨハネは髭も生えていて男性であることが一目瞭然です。それに比べてこのレオナルドの洗礼者ヨハネは中世的で、もはや色っぽさ、妖艶さをも感じさせます。

レオナルドは自身の手稿(メモ)の中で、両性具有の存在と思われるスケッチを残しています。

ギリシャの哲学者・プラトンは「人間はもともと男女が一体となった存在だったが、ゼウス神によって切り離された」と考えていました。ルネサンスの時代には、このプラトンの考えをもとに、天使的な両性具有体こそが完全な人間であるという考えが広まっていました。

レオナルドの「洗礼者ヨハネ」は、こうした両性具有の理想を具現化したものであると考えられています。

『聖アンナと聖母子』

子羊と遊ぼうとするイエス、そのイエスを抱き抱えようとする聖母マリアと、マリアの母親であるアンナが調和の取れた三角形の構図で描かれています。この作品もどういった経緯で描かれたのかがわかっていない作品です。

イエス・キリストを描いた作品では、彼が十字架にかかる運命を示すということを予言するモチーフが登場していることがあります。ここに現れる子羊は「生贄」の象徴で、子羊と戯れようとするイエスは、人類の原罪を償うために自らを犠牲にする運命を予告しています。

精神分析学者のフロイトは、この絵の中にレオナルドの「エディプス・コンプレックス(母親を手に入れようと思い、父親に対して強い対抗心を抱く幼児期の男児に起きる心理的抑圧)」が隠されていると分析しました。

レオナルドは生まれてすぐに実母から離されて育ち、本当の母親からの愛情に飢えていました。この絵は母を恋い慕うレオナルドによって理想化された母達の姿なのかもしれません。

帰路につく前に



クロ・リュセ城だけでもかなり充実していてお腹いっぱいになるはず。パリから日帰りで訪れた人は、帰りの電車の時間を気にしておかないと、夜遅くパリに到着することになってしまいます。

それでも、駅に向かう前に、少しでもいいので立ち寄ってほしいところがあります。

城内の広大な庭



クロ・リュセ城は庭も必見です。こじんまりとしたお城からは考えられないくらい奥行きのある庭園で、至るところにレオナルドの発明品が再現されています。この庭園ではロワール湿地帯特有の沼地生態系が自然のまま保護されています。

生涯にわたって自然を愛し、自然の現象をスケッチしてきたレオナルドが最期に見た景色の一つでしょう。庭園の中にもレストランがあり、帰りの時間に余裕があればぜひ。

可愛くておいしいコンフェクショナリー(お菓子屋さん)

クロ・リュセ城を後にする前に、アンボワーズ城の目の前にあるお菓子屋さんに立ち寄ることをお忘れなく!

クッキー、チョコレート、メレンゲやジャムなど、とっても「フランスっぽい!」と感じるかわいいお菓子がところ狭しと並んでいます。見た目だけでなく味もすごくおいしい!

おすすめはフランボワーズのソースが入ったチョコレート。ここに来なければ買えないお菓子なので、お土産にもおすすめです。

万能の天才が最期に見た景色



「自身の眼で見たもの」を描いてきたレオナルド。彼が見て描いてきた景色の多くは、亡くなってから500年のうちに大きく変わってしまっているでしょう。

でも、このクロ・リュセ城とロワール川を囲む景色は、きっと大きくは変わってないのではないでしょうか。木漏れ日に坂巻く水……ここで今も見ることができる自然を、また改めてレオナルドの作品から探っていくのもおもしろいかもしれません。

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