未開拓のタイ料理店を訪れるとき、在日タイ人行きつけの店と聞くだけで、無条件に期待は膨らむもの。けれどオススメする阿佐ヶ谷「ピッキーヌ」を訪れるタイ人はほとんどいない。9割9分が日本人客だ。

供されるのは、日本人が食べて感動するタイの味。といってもアレンジじゃない。本場のタイ料理のなかから、僕らの味覚が受け入れるであろう味を厳選しているのだ。すなわち、日本人のためのタイ料理専門店ということになる。

都内でここだけ苦くて臭い「サトー豆」のカレー

「サットー」1200円(税込)。大は2000円(税込)。

例えば、この「サットー」。タイの南部でとれるサトー豆を使った珍しいレッドカレーだ。

主役は豆。色味やカタチだけならそら豆。けれど噛めば苦味と独特の匂いを放つ。納豆やブルーチーズのような発酵臭ではなく、パクチーやニラといった大地の香気に近い。そこに山菜を口にしたときのほろ苦さが加わる。

そんなサトー豆がレッドカレー用に挽いた自家製ペーストにも、濃厚なココナッツミルクにも負けない衝撃を与える。どこまでもマイルドで、しっかりと辛い。白米と馴染ませれば、いくらでも喉を通ってしまう。

最初っからサットーをうまい!と脳が理解するのは難しい。それが二度三度、注文をくり返すうち、次第に苦味と匂いに脳内麻痺が生じてくる。そこから先はもう虜。ピッキーヌに通う価値はこれだけでも十分にある。

タイ周遊気分を味わう850円のランチセット

「カウソイ」と「大根もち」のランチセット850円(税込)。カウソイ単品は600円(税込)。

昼に訪れるピッキーヌも格別。バリエーションもボリュームも大満足のランチセットは、6種の麺類と6種の小皿料理からチョイスが可能。

一押しは「カウソイ」だ。レッドカレーのサットーとはひと味違うマイルドなカレースープが、揚げと茹で、食感の異なる2つの麺と絡みあう。丼が裏がえる最後の一滴まですすれば、チェンマイの屋台へとトリップしそうになる。

その日の気分や空腹具合によって刺激のあるもの、そうでないもの、甘さ、辛さ、酸味を自在に組み合わせて食せば、コスパだけじゃない36通り以上の満足感を得られるはずだ。

日本人による、日本人のためのタイ料理の真意

「シェフと話ができなかったり、特別のオーダーにも応えてくれない。きっとつまらないんでしょう」。オーナーであり“料理を選ぶ人”は、タイ人客の少ない理由をこう分析する。だが、どちらも固く禁じているのにはワケがあった。

シェフが変われば味が変わるように、お客の嗜好に合わせ過ぎても味に統一感は生まれない。なにより、アレンジはコンセプト自体を崩すことになる。“料理を選ぶ人”とそのパートナー“料理を創る人(バンコク出身)”は、タイ人シェフに依存する料理ではなく、夫婦のフィルターを通した本場タイの味を堅持する。

「今でも厨房に立ち、毎日味をチェックするのはそのためです」。目まぐるしく変化する飲食業界にありながら、開店以来、味もメニューも変えず頑なに30年。こちらの味覚のチューニングを図る意味でも、ピッキーヌは定点観測的に訪れる価値のある店だ。

「ピッキーヌ」

TEL:03-3336-6414営業時間:11:00〜15:00、17:00~23:00(L.O.22:00)定休日:火曜HP:http://thai-restaurant-plikk-kee-noo-asagaya.com/

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