旅から生まれた映画がある。

題名は『』。

全編を通してフィリピンを舞台に制作された作品だが、監督は日本人。今年8月に公開されるこの映画がいかにして生まれたのか?

それを紐解いていくだけでも、ひとつのロードムービーができあがりそうだ。

日本人監督「」とは?

この映画は、両親のいないストリートチルドレンの少女「ブランカ」と、盲目のホームレスのギター弾き「ピーター」が繰り広げる物語。ブランカは母親をお金で買おうと考え、得意の歌を生かしてピーターとともに音楽で身を立てようと計画する。しかし、大人たちの思惑のせいで、次々に危険が彼女を襲う。舞台はフィリピンのスラム街。猥雑でありながら色鮮やかな風景をリアルに写した映像、そしてストリートで見つけてキャスティングした演者たちの瑞々しい演技は、いままでにない体験を与えてくれるだろう。

この作品を監督したのは、岡山県出身の長谷井宏紀。これまで、アーティストのPVの撮影や映画・ファッション・広告などのスチール撮影をメインに活動してきた。しかし、ここ数年、日本国内で表舞台に出ることは稀だった。活動の場は主に海外だったからだ。その遍歴を長谷井監督はこう語る。

Photo by 中河原理英(RIEI NAKAGAWARA)

フィリピンのゴミ山で見た8歳のプライド

「最初は脅迫観念に駆られたように、目的も決めず海外を放浪していた。ただ、もっと世界を見なきゃっていう感じで。そのきっかけになったのは、20代の時に初めて訪れたフィリピンのスラム街・スモーキーマウンテン。ゴミの山で遊んでいるストリートチルドレンたちと仲良くなって、一緒にゴミのクリスマスツリーを作ったりして遊んでた。ある時、子供たちにアイスクリームを奢ってやろうとしたら、彼らのリーダー的な子が、『おい、コウキ、やめろよ。俺がお前に奢ってやるよ』って。彼は当時8歳だったけど、彼なりのプライドがあったんだ。その出来事に衝撃を受けて人生が変わった。初めて目が開いた気がした。それからずっと海外を放浪する暮らしになった」

12本書いた脚本は全部ボツ

一番長く滞在していたのは、セルビア共和国。この国にはひとつの縁があった。

「むかし撮った短編が、ある映画祭でグランプリをもらったんだけど、その映画祭を主催していたのが、映画監督のエミール・クストリッツァだった。彼が住むセルビアの村でプロデューサーのカール・バウハウトナー(通称、バウミ)と出会い、一緒に映画の制作をすることになった。その頃は、映画の作り方も脚本の書き方も全然知らなかったから、とにかく思うがままに脚本を書いてみた。全部で12本の脚本を書いたんだけど、全部ボツ。そうこうしているうちに、バウミが他界してしまった。それで企画もストップして、うなだれて日本に帰ってきた」

バウミに何かを返さなきゃいけない

挫折を味わった長谷井監督だが、ストーリーはそれで終わらなかった。

「それから1年半ほどして、プロジェクトに参加していたイタリアのプロデューサーから連絡があった。『このまま終わらせられない。僕たちは映画を作ってバウミに何かを返さなきゃいけない』って。そこで、フィリピンのストリートチルドレンを主役にした映画の企画を立てて、ヴェネツィア国際映画祭の出資のもとに映画を制作できるプロジェクト、カレッジ・シネマ部門に応募した。1枚の企画書と15分の短編映像だけでね」

その結果、長谷井監督の企画は選考に残り、映画の制作が始まった。これは、日本人では初めてのことだ。

「誰も僕の過去をジャッジしない。キャリアも関係ない。こんなチャンスを与えてくれたヴェネツィア国際映画祭には感謝してる」

制作が始まって一番難航したのは、キャスティングだった。長谷井監督がかつてフィリピンで出会った人々を役者として起用しようとしたが、何せ連絡先も居所もわからない。盲目のギター弾き役のピーターを探すためだけに、1ヶ月以上もかかった。

「主役のブランカ以外のメインキャストは路上で見つけた。特にピーターはこの映画になくてはならない存在。彼とじゃないと映画を作りたくなかったから、何とかして見つけ出したかった。ブランカに協力するセバスチャン役も2ヶ月半、毎日のように朝から晩までスラムを歩き回って、やっとイメージに合う少年に出会えた」

20代の頃とは違う暖かい脚本ができた

、セルビア、ヴェネツィアをはじめ、いくつもの国を旅し、そこでの出会いの中で『』という作品は生まれた。

「20代の頃の僕は、もっと前衛的な映像ばかり撮っていた。でも、フィリピンのスモーキーマウンテンで体験した衝撃を人に伝えようとすると、自然と暖かい脚本ができて、暖かい映像になっていった。出会った人や体験したことを受け止めて、心で感じたことを映像という形で表現する。そうやって、他の人たちとシェアする。そんな活動をこれからも続けていきたい」

』には愛があふれている。ブランカが求める母からの愛、ピーターが見せる他者への愛、そしてフィリピンの路上に暮らす人々への長谷井監督の愛。それが、スクリーンから有り余るほど伝わってくるはずだ。

ブランカとギター弾き』はシネスイッチ銀座他にて、7月より全国順次公開

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