「山添」という村をご存じでしょうか。奈良県奥大和地方に位置する、人口約3,500人の農山村です。

奈良・京都・三重の文化が合わさったこの村を見守るように建つ「ume,yamazoe」は、「ちょっと不自由なホテル」をコンセプトに掲げる、少し変わった、でも、忘れられないほど心に残るお宿です。



宿というより、ここは「村」そのもの。

開放的なお部屋からは村の眺望を見渡すことができ、特産品がふんだんに使われたこだわりの料理は、この場所でしか食べられないものばかり。

フィンランド式サウナで火照った体を、心地よい秋風で冷まし、驚くほど近くで聞こえる鳥や虫の声、雨の音に耳を澄ませながら、ゆったりと流れる時間を堪能する。



美味しい大和茶を飲みながら、オーナーさんや他の宿泊客の方と話していると、まるで山添村での暮らしをそのまま体験しているような気分にさせてくれます。



心も体も整う「ume,yamazoe」で過ごす時間は、こんな今だからこそ、必要なのかもしれません。

ホテルの中にいるのに、どこか懐かしい「別世界」を旅しているような感覚を味わえた一日を、振り返りたいと思います。

築100年以上。村長さんの家を再生した「ume,yamazoe」へ



午後14時半。送迎をお願いしていた私たちは、集合場所である名張駅へ到着しました。

「ume,yamazoe」は奈良県のお宿ですが、三重県にある名張駅から車で約20分の距離。改めて、県境に位置していることを実感します。

外の天気は残念ながら雨。名張川沿いの細い道を、送迎のお兄さんは器用に運転しながら登っていきます。

「この宿は、もとは村長さんの家だったんです。100年以上前に建てられた家をリノベーションして使っていて」という話をわくわくしながら聞いていると、あっという間に宿に到着しました。



「村長さんの家」という言葉がストンと落ちる、立派な外観。ホームページで何度も見たけれど、実際に目の前にすると、重厚な空気感をしっかりと肌で感じられます。



このご時世なので、検温とアルコール消毒を済ませてチェックイン。

おしゃれな内装に目を引かれていると、素敵なウェルカムドリンクとお菓子が運ばれてきました。シソシロップのジュースと、お茶のクッキー。お茶のクッキーは、なんと近くに住むおばあちゃんの手作りだとか。



「ここで出すものは、ほとんどがこの辺りの特産品なんです」と笑顔で話すオーナーさんの言葉を聞きながら、うれしい「おもてなし」をいただきます。



フリースペースである畳の部屋は、誰もが使える憩いの場。縁側でぼんやり緑を眺めたり、置いている本と読んでみたり。時に、宿泊者同士で会話を弾ませる場所にもなるのだとか。



ちなみに、私が何気なく座っているこの椅子は、オーナーさんの想いがつまったオーダーメイド。もともと座椅子を置く予定だったのが、「車椅子の方や高齢者の方にも使いやすいような椅子を置きたい」と考えたことから、どんな人でも座りやすい椅子をデザインしてもらったとのこと。

第1号という貴重な椅子とは露知らず、座り心地を存分に堪能していました。

1日3組限定。山添村が一望できる、こだわりのお部屋へようこそ



「ume,yamazoe」は、1日3組限定の宿泊。部屋も3種類しかありません。「いぶき」「めぶき」「つむぎ」と名付けられた部屋は、それぞれ違った魅力を放ちます。

部屋がすべて離れになって分かれているため、ソーシャルディスタンスの観点からも安心。

宿泊する「めぶき」の部屋を案内してもらう前に、特別に「いぶき」の部屋を見せてもらいました。



最大収容人数は2名。他の部屋より少しコンパクトな造りである「いぶき」は、どこか落ち着く空間。

部屋から見える自然や、木の匂い。近代的なデザインの内装でありながら、懐かしい気分に浸ることができる、素敵なお部屋でした。

「いぶき」の部屋を出て、いよいよ私たちが宿泊する「めぶき」の部屋へ。部屋に入るとすぐに目に入るのが、美しい山添村の景色。



大きなガラス張りの扉のすぐそばに緑が広がり、手を伸ばせば届きそうなほどの迫力に、思わず声をあげてしまいます。



ガラス張りの扉は、外すことができるので、縁側のように座って眺望を楽しむことも。 秋風が肌をかすめる感覚が心地よく、結局暗くなるまで開けっ放しにしていました。



「古民家」と聞くと、内装も古いイメージを思い浮かべますが、きれいに張り替えられた木目調の床に真っ白のクイーンベッドが置かれている様子は、まさにリゾートホテル。



立派な木の柱に畳のスペース、ふかふかなソファにおしゃれな洗面台。

和のテイストを守りながら、ところどころに洋を取り入れている様子がエキゾチックで、懐かしい気持ちと全く新しいものに触れているような、不思議な感覚を味わえます。



めぶきの部屋の最大収容人数は8名ということもあり、まるで一軒家を貸し切っているような広々とした空間。



ベッドやソファに座ってくつろぎながら目の前に広がる村の景色を堪能できる1階フロアに加えて、まるで秘密基地のような2階フロアもあります。



私たちは2人で贅沢に使わせていただきましたが、大人数でわいわい訪れても楽しいんだろうなと想像。

木の優しい香りと趣のある造り。この場所にいるだけで多幸感に包まれます。

「ない」を楽しむ、日常を離れた空間



気づけば夕方。窓から見える景色は、いつの間にかどんどん暗くなっていました。

実はここ、「ume,yamazoe」には、TVがありません。

いつもだったら、見てもいないTVをつけてぼんやりしている夕食までの待ち時間。美しく響く虫の音を聞いたり、すっかり暗くなった外を眺めたり、持ってきた本を読んだり。普段でもできるけどなかなかしないことに没頭できる贅沢を、肌で感じます。



天気がいいときは、サウナのルーフトップから満天の星空を眺めたり、近くの道を散歩したりすることも、おすすめなんだとか。

「TVがないなんて、どうやって時間をつぶそう」と考えていた私たちですが、自然を感じながら、居心地のいい部屋の中でまったりと過ごしていると、時間は思いのほか早く過ぎていきました。

この場所だから味わえる、季節と地元の食材をふんだんに使った夕食



夕食は、宿泊者全員がカウンターテーブルを囲んで、みんなでいただくスタイルです。席はグループごとに十分な距離がとられているので、安心。

運ばれてくるお料理は、山添村で採れたものが中心です。「“経済を回す”という意識から、できるだけこの村で作られたものを出すようにしているんです」と話すオーナーさん。

「この野菜は〇〇さんとこの、このぶどうは△△さんところので……」と嬉しそうに教えてくれる姿がとても印象的。山添村を大切にしていることが伝わります。



おいしいお料理に欠かせないのが、おいしいお酒。ここでは、特産品をベースにして作ったカクテルや、奈良の珍しい地酒をいただけるので、お酒好きな方も楽しめます。

私はブルーベリーのカクテル、夫は珍しさに惹かれ、トウモロコシのカクテルをチョイス。どちらも飲みやすく、深みのある味わいを堪能できました。



美しく盛り付けられたお料理は、どれも驚くほどにおいしく、「次はどんな料理が来るんだろう」とわくわくが止まりません。



実はオーナーさんのご実家はお寿司屋さん。ということで、メイン料理はお寿司です。

といっても、ただのお寿司ではありません。まるでボールのような重箱の蓋を開けると、三段に分かれた華やかなお寿司がお目見え。



ツバキの花をかたどった甘い大根のお寿司や、ファーストクラスでも使われたことがある特産品、わさび菜を使った巻き寿司。丸いフォルムがかわいい手毬寿司に、いくらとサーモンをふんだんに使った散らし寿司。

ご実家のお店ではテイクアウト営業しかしていないらしく、お店でお寿司をいただけるのは、このお宿だけ。まさに「ここでしか食べられない料理」であり、どのお寿司も味わい深いものばかりでした。



まだ秋が始まろうとしている9月下旬にもかかわらず、さんまや松茸・ブドウなど、秋の味覚を贅沢にいただけるメニューに大満足。

季節ごとに料理が変わるそうなので、時期を変えて訪れたいと心から思った瞬間でした。

温かい会話を育む時間も、楽しみのひとつ



「ume,yamazoe」での食事時間の魅力は、料理のクオリティだけではありません。オーナーさんや他の宿泊客の方とのコミュニケーションを楽しむ場面がいくつもあります。

山添村の魅力を教えてもらったり、明日の観光予定の相談をしたり。カウンター越しに少しずつ生まれる会話を交わす時間は、旅の満足度を大きく上げてくれました。

お隣に座っていたご夫婦は、結婚記念日の宿泊だったよう。サプライズでケーキを出してくれる温かさも、このお宿の魅力です。

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ロゴに込められた、「ume,yamazoe」への想い



「umeのロゴって、どんなイメージで作られたんですか?」

食後の和紅茶をいただきながら談笑していたとき、隣に座っていたご夫婦の何気ない質問から、オーナーさんの想いを伺うことができました。



世の中には、いろんな人がいる。障害を持った人や病気を持った人など、そんな多様性を理解し、調和共存できるコミュニティをつくりたい。

山添の自然を肌で感じることで、きっと感覚にゆるみができ、距離が縮まる。たくさんの自然に触れる時間を体験すれば、あらゆるものが共存していることを実感してもらえるはず。

そのような想いから、「宿」というスタイルを選び、このホテルをつくったということでした。



「交わり、ともに共存できる場所」であることを連想できる、という意味を込めたロゴマーク。

他にも、この場所に関わるさまざまなコンセプトをデザイナーさんに伝えて、つくってもらったものだと語ってくれました。



「いろんなハンディキャップを抱えている人が、積極的に来てくれる場所になれたらいいな」と話すオーナーさんのブレない想いは、このホテルのあらゆる箇所にあらわれています。

改めて、このホテルが絶景と食事を楽しむだけの場所ではないことに気づかされました。



部屋に帰る途中で聞こえた、大きな雨音。満天の星空はまたの機会になりそうです。

明日の天気予報も雨。

「朝日は難しいと思うけど、朝もやに包まれる山添村も絶景ですよ!」というスタッフさんの言葉に期待を込めて、ふかふかのクイーンベッドに横たわると、あっという間に眠りについてしまいました。

目覚ましは、朝もやがかかる幻想的な村風景



「念のため」と朝日の時間にセットしたアラームよりも、なぜか10分ほど早く起きてしまった朝。

外を見ると、スタッフさんの話の通り、朝日は見えないものの、少しずつ「朝もや」が出てきています。



村を幻想的に取り囲む「もや」は、日が昇るにつれてどんどん増えていき、雲の間から差す光と相まって、昨日とは違う美しさを見せてくれます。



光が入ると「めぶき」の部屋はいっそう美しく輝き、最高に幸福度の高い朝を迎えることができました。

幸せあふれる、宝箱の中の朝ごはん



贅沢な朝は、まだ続きます。

大きな木箱に入って運ばれてきた朝食の蓋を開けると、体に優しいおかずたちが、ずらり。宝箱を開けるような粋な演出に、朝から心が躍ります。



作りたての温かいごはんを、日が差し込む縁側でいただく時間は、至福のひととき。



珍しい「白い卵焼き」は、お米を食べて育った鶏が産んだ卵でつくったものだそう。山添でつくられた食物に感謝しながら、温かい朝ごはんを味わいます。

自然に身を任せるサウナで、「ととのう」の意味を知る



「ume,yamazoe」を語るなら、忘れてはならないのが「」です。

クラウドファウンディングを通して建てられた、国内では珍しい「フィンランド式サウナ」。

日本によくあるサウナの多くは、温度が高くて湿度が低い「乾式サウナ」と呼ばれているものですが、フィンランド式サウナは、温度が低くて湿度が高い「蒸気式サウナ」と呼ばれています。



朝食後、サウナ大好きな夫に連れられて、体験してみることに。サウナ利用は時間予約制となっているため、貸し切りで楽しめることも、嬉しいポイントです。

「サウナ」と聞いたら、ひたすらに暑い場所で汗をかき続けるイメージ。私は正直苦しくて、あまり得意ではなかったのですが、今回フィンランド式サウナを体験して、サウナのイメージが大きく変わりました。



室温が比較的低いので、サウナの中に入っていても思ったほど息苦しくなく、じっくりと汗をかいていくことがむしろ気持ちいい。

ロウリュは、なんと大和茶から作られた紅茶。かけるたびに甘い匂いが鼻をくすぐります。アロマの種類は日替わりとのこと。



本場フィンランドでは、汗をかいたら湖にダイブしたり、湖畔で涼んだりするそうなんですが、こちらでもしっかり同じようなことができます。

湖の代わりに水風呂にドボン。サウナの屋上に作られたルーフトップで風を感じて、体をクールダウン。

鳥のさえずりや風の音を聞きながら、熱くなった体を冷やして、またサウナに入る。

静かな自然に身を任せて過ごす「ume,sauna」を体験して、初めて「ととのう」という感覚の意味がわかったような気がしました。



ちなみに、サウナ大好きな夫は、私以上に気に入った様子。「このサウナだけでも来た価値がある」と時間ぎりぎりまで堪能していました。

山添の自然が、心も体もととのえてくれた「おこもりステイ」



部屋・料理・サウナ・コミュニケーション。自然と調和する時間を過ごし、あらゆる「おもてなし」から、芯の通ったコンセプトを体感できた一日。

荷物を持って外に出ると、少し……いやかなり、清々しい気分になりました。



「誰もが互いを認め合う、フラットな世界」

ume,yamazoeのロゴマークを目に焼き付けながら、これからの社会がそうなるように、想いを込めて。

奈良の小さな村で体験した「おこもりステイ」は、身も心も整えてくれる、快適なひとときになりました。

■詳細情報
・名称:ume,yamazoe
・住所:〒630-2356 奈良県山辺郡山添村片平452
・地図:
・アクセス:名阪国道「山添IC」から10分/近畿日本鉄道「名張駅」など送迎可能場所あり
・電話番号:0743-89-1875
・公式サイトURL:https://www.ume-yamazoe.com/

All photos by Yuri

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