訪れるたび驚かされる、九州のパワー。

観光資源も豊富だし、ごはんがおいしい! といった理由もあるけれど、やっぱり「人」に惹かれることが大きいと思うんです。

今回、スペシャルサイト「つながる九州」の取材のため足を運んだのは、

ステンドグラスアーティストや牡蠣職人など、地元への想いを持ちながら、さまざまな興味深いお仕事をしている人たちの魅力とは?

01.長崎のステンドグラス文化を継ぐ。貞住真実子さん

まず最初に伺ったのは、長崎市内に「ステンドグラス」のアトリエを構える貞住真実子さん。

長崎に行ったことがある人なら、おみやげ屋さんのステンドグラスをイメージするかもしれませんが、貞住さんがつくるカジュアルで日常に溶け込むような作品には県外のファンも多く、販売会にはわざわざ遠方からやってくる方も。とくに、部屋のインテリアやアクセサリーなどは人気が高いそうです。

同じくステンドグラス職人だった両親の元で10年修行をしたのち独立。「長崎=ステンドグラス」という伝統は守りながらも、毎日が新しい挑戦だと言います。

「何をやっても飽き性だった自分が、ステンドグラスづくりだけには集中できたんです」

貞住さんがステンドグラスづくりのテーマにしているのは「誰でも作れるようなものを、誰よりも美しく」というもの。しかし「これが一番難しい」と加えます。

ステンドグラスは、シンプルなものほどごまかしが効かないため、クオリティの良し悪しは素人でもすぐに見極められるそうです。

両親から教わった “基本の大切さ” を守りながらも「自分がどういうものを表現したいか、誰がどのようなものを欲しているのかを考えられる『職人』でありたいですね」と語る貞住さん。

彼女の「人」としての魅力は、その「ものづくり」にも反映されていました。

02.「右肩下がりを、熊本からポジティブに」面木健さん

熊本市内の上通りを歩いていると、ひしめき合っているビルとビルの隙間に、おだやかな風の通り道があらわれます。

手前にはカフェがあり、吹き抜けになっている奥には中庭。「OMOKEN PARK(オモケンパーク)」と呼ばれるこの空間は、誰でもふらっと立ち寄ることができ、人と人を繋げてくれる街の「縁がわ」のような存在です。

「熊本地震があった時にね、この場所をテナントビルにしても仕方がないだろうって思ったんです」

そう教えてくれたのは、オーナーの面木(おもき)健さん。そう、オモケンという言葉は、彼の愛称からきていたんです。

2代目オーナーである父が亡くなり「ビルはお前の好きにしていい」と託された面木さんでしたが、2016年4月に起きた大地震の影響により、ビルは解体を余儀なくされることに。

商業ビルから「OMOKEN PARK」へと姿を変えたことで、この場所には老若男女問わず様々な人が自然と集まるようになりました。イベントスペースとしても使用できるため、中庭がトークセッションの会場となったり、屋上テラスがヨガスタジオになったり、その時々で自在に姿に変えます。

「みんなの『こんなことやってみたい!』を実現できる場所でありたいと思います。型にハマらず、街の声を聞きながら改良を重ねて進化しつづけていきたいですね」

これからの時代は、拡大や成長よりも、縮充や成熟の考え方が必要になる。そんな面木さんの「右肩下がりを、ポジティブに転換していきたい」という熱い想いが、この場所には込められていました。

03.牡蠣の常識をアップデートする職人梅津聡さん

牡蠣の養殖にかかわる人たちの間では魔術師とも呼ばれるほど、その名を知らないものはいない「海男」代表の梅津聡さん。

地元佐賀の有明海を拠点に牡蠣を極めた梅津さんは、今では全国から声がかかる存在です。まるで研究者のように養殖技法について語っていたかと思えば、次の瞬間には経営者の顔になり、漁業のビジネスモデルやマーケティング戦略についても熱く語ってくれる。

食通が集まるパーティでの提供や、ノウハウを教えて欲しいという相談にも積極的に応えていて、今ではその仕事内容は、牡蠣にまつわるコンサルやプロデュース業にまで広がりを見せています。

そんな彼を心から信頼し、慕い、応援する人たちが日本中にいる理由は「学びはみんなにシェアする」「みんなで儲かることが大事」というスタンスだからなのかもしれません。

養殖を営む人たちから「良い牡蠣ができない、助けてほしい」と相談を受けたら、梅津さんは実際にその町まで足を運び、原因を一緒に探るところからスタート。

養殖方法が悪いのか、海や環境が悪いのか、牡蠣に対する愛情が無いのか……など問題はさまざまですが、彼らに必要なノウハウを伝授し、今後事業の拡大ができるよう、顧客をつなぐところまでアシストしているそうです。

有明海から、九州、そして全国へと「本物の牡蠣」を届けようとする姿が印象な梅津さんもまた、間違いなく九州のヒーローでした。

04.沖縄でただひとりの竹細工職人津嘉山寛喜さん

沖縄のイメージを聞かれて「竹」と答える人はほとんどいないでしょう。

とはいえ、古い文献には大陸から琉球を経て本土に伝来された記述があるほど、沖縄では竹が重宝されていた時代がありました。そして現在、工業製品では決して生み出すことができないぬくもりや風情を求めて「沖縄の竹細工」に注目する人が増えています。

そんな沖縄で、ただひとり竹細工を作り続ける職人が、津嘉山寛喜(つかやまかんき)さん。沖縄市にある工房を訪ねると、朗らかな笑顔の中にも「竹細工の文化を途切れさせたくない」という使命感を背負った職人の姿がありました。

40歳のころ、父である先代から継いだ津嘉山さんの竹細工のキャリアは約30年。

「うちなー(沖縄)の材料で作ることにこだわりがあります。だからこそ、お客さんもついて来てくれるんですよ」

そんな想いを乗せて作る竹細工は口コミで話題を呼び、現在1年待ちの状況なのだとか。

「手抜きをせずに満足できるものを作れば相手も喜ぶし、自分のやりがいも生まれる。そうすればお客さんがまた別の人を紹介してくれる。ありがたいことです」

他の工芸品の例に漏れず、「後継者が育っているとは言えない」と語る津嘉山さん。でも、焦らず前を向きます。

「私がやらなければ誰がやる、という気持ちです。そうした使命感もあり、今でも頑張れています。自分の代で終わらすわけにはいきませんからね」

もっともっと九州の魅力に、逢いにいこう

九州には、ここで紹介した4人のように、パワフルで魅力的な人たちが毎日をエネルギッシュに過ごしています。

現在「九州オールトヨタ」では、スペシャルサイト「つながる九州」にて、彼らの活躍の様子や、九州の日常を支えるコンパクトカーの魅力も紹介中。

もっともっと、九州の魅力に触れてみては?

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