佐々木俊尚が実践する、新しい旅の楽しみ方「暮らすように旅をしよう」
日本人の郷愁を誘うバリ島の「チャングー」
バリ島のチャングーという田舎町には、ショッピングセンターもなければ、大型ホテルもない。そのかわりにのんびりとした水田の風景、広々とした海岸、気の利いたカフェや食堂(ワルン)がたくさん点在している。
観光地から一歩外に出れば、バリ島にはいたるところに田んぼが広がっている。稲の香りがかぐわしい。
水田というのは日本人にとっては独特の情緒があって、稲穂の香ばしいかおりをかいでいると、なんだか日本の村に来ているような気持ちになる。チャングーに到着した夜、ひと気のない食堂で超辛い魚のグリルを食べてから田舎道を散歩していたら、なんだか奄美大島あたりの集落を歩いてるような気分になった。
最近、チャングーは静かにバリで過ごしたい人に人気らしい。ここにはホテルは少ないけれど、プライベートヴィラと呼ばれる宿が点在している。わたしが泊まったのも、このプライベートヴィラだ。たいていは寝室とリビングルームがあって、キッチンがあったり、小さなプールがついているものもある。ひとりで借りるのは贅沢だが、例えば3ベッドルームのヴィラを3カップルで使うようなスタイルなら、豪華な施設をかなり格安で使うことができる。
新しいライフスタイルの「入り口」となるAirbnb
今回わたしが泊まったヴィラは、プライベートプール付き。バスとトイレはセパレートで、設備面も申し分なかった。
AirbnbのHPでバリ島を検索すると、プライベートヴィラがたくさんヒットする。Airbnbは個人の家を借りるというイメージが強いけれど、サービスが拡大するにつれてこういうビジネス的な提供も増えてきている。日本でも貸別荘や住宅会社のモデルルームが、Airbnbで貸し出されているケースもあるようだ。個人の家やプライベートヴィラ、貸別荘、プチホテルなど、ありとあらゆる宿泊先を横断的に探すことのできるポータル的なサービスへと進化していく、ということもありそうだ。
これからはAirbnbというサービスを介して、「住む」と「泊まる」の間の境目はどんどんあいまいになっていくかもしれない。Airbnbで見つけた宿泊先を転々としていくという「住まい」だってあるかもしれないのだ。
実際、わたしは「暮らすように旅し、旅するように暮らす」を人生のモットーにしている。だからこそ、旅先でも、まるで自分の家にいるように商店街で買い物し、キッチンで料理して、旅行でありがちなお客さん気分を捨て去って地元の人になりきりたい。Airbnbは単なるウェブのサービスだけど、そういうライフスタイルを実現するためのひとつの入り口になっていくような気がしている。長期滞在して家めしするためには、キッチン付きのAirbnbの物件は最適なのだ。
身軽な旅に最適シンプルな予約システム
バリ島に来る直前、Airbnbのサイトに掲載されてる大きな写真を見て、良さげなヴィラをチャングーエリアで探し、申し込んだ。今回選んだ物件は、海に近いところにあるアベル・ヴィラ(Aberu Villa)。プライベートプールとキッチン付きのワンベッドルーム。申し込むと間もなく、オーナーのインドネシア人女性スリさんから「予約ありがとう。空港から自動車でピックアップできるけどどうする?」というシンプルなメッセージが送られてきた。さっそく返事をしてフライトと到着時間を伝え、あっという間に事前準備完了。
木製の大きな湯船があるバスルーム。シャワールームとトイレもセパレイトタイプだった。大型のソファが広いリビングルームは、昼寝にも最適。この設備で1泊1万7,751円。2人での宿泊も可能だ。
今回はひとり旅で、おまけに4日間と短かい。なので荷物は究極にまで圧縮してみた。セールレーシングの小型防水ザックに、着替え少々とMacBookPro、Kindleリーダー、買い替えたばかりのiPhone6 Plus。ケーブル類。それにサングラスと海パン、ウォーターシューズ。フライトの離着陸時も電子機器の電源は落とさないですむように制度が変わったので、もはや紙の本は要らなくなった。
これが4日間の旅へ持っていった荷物のすべて。究極にまで身軽な装備だ。
デンパサルの空港で無事にドライバーとも落ち合い、暗くなってからアベル・ヴィラに到着した。ちゃんとフロントがあって、なぜか「Toshinao」というファーストネームだけで予約もされていた。部屋は広くて豪華で、ひとりで使ってるのがたいへんもったいない気分だ。デスクもあるしキッチンもあるので、しばらく滞在して、ここでずっと原稿の仕事を続けていたいぐらいだ。
旅先で作る「家めし」キッチン付きならではの楽しみ
せっかくキッチンがあるんだから、バリ島でも家めししよう!わたしはどんな土地、どんな台所に行っても、そこにコンロと鍋と食器があれば必ず家めしつくってみる。
聞けば、少し遠くに高級スーパーがあるという。さっそくiPhoneの地図を見ながら出かけてみる。点在してるカフェには、たいてい無料のWi-Fiがある。グーグルマップでも付近の地図データをダウンロードできていれば、通信しなくてもGPSだけで居場所は表示できる。細い道をバイクとクルマが走り回るのに怖い目に遭いながらたどり着いてみると、そこはまるで米国のホールフーズみたいな立派なスーパーだった。肉や野菜の生鮮が美味しそう。あれこれ悩んで次のものを買った。ニンニク、ホワイトマッシュルーム、パクチー、パプリカ、赤身の魚の切り身。オリーブ油、塩。それに今回はインスタント調味料に妥協して、サテのソースとトムヤンクンの素。
アベル・ヴィラのキッチンで、まず魚の切り身を3分の1ぐらい切り出す。それを包丁で叩き、刃の背で潰したにんにくとオリーブ油で弱火で炒める。ここに空中で刻んだマッシュルームも入れてじっくり火を通す。お湯を入れて軽く煮込み、トムヤンクンの素を加え、パクチーを手でちぎって乗せて完成。残りの魚とにんにく、種とへたを取って4等分したパプリカをフライパンでじっくりソテーし、塩を軽く振ってお皿に。空いたフライパンで、ココナツ味の黄色いサテの素をお湯で戻して煮詰め、魚とパプリカにかけ回してできあがり。
こちらが作った家めし。手前は魚のサテ。奥はトムヤンクン風スープ。なんちゃってインドネシア料理(笑)。
トムヤンクンは魚とマッシュルームの出しがうまく味に深みを与えていたし、赤身の魚はサテソースがなくても美味しかった。これにスーパーで買った安ワインを合わせて、ひとりのんびり晩めしを楽しんだ。
暮らすように旅をし、旅するように暮らす
短い滞在でも、土産物のショッピングや観光地めぐりなどを省けば、こうやってゆっくりとバリの空気感を楽しめる。現地の店で食材を買ってる時、カフェやワルンの店先でぼんやりしながら通りを眺めてる時、そういう時間がいつもいちばん幸せだ。ハンズフリー、ぶらぶら歩き、家めし、地元気分、Airbnb。そういう組み合わせで、暮らすように旅をし、旅するように暮らしていく。