知られざる国?スルプスカ共和国を訪れよう
今回はスルプスカ共和国を紹介します。とは言っても「スルプスカ共和国」と聞いてピンと来る方は少ないでしょう。スルプスカ共和国はボスニア・ヘルツェゴビナを構成する構成体のひとつです。ぜひ、この記事を参考にしてスルプスカ共和国に立ち寄ってみましょう。
そもそも、スルプスカ共和国とは?


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先ほども書いたとおり、スルプスカ共和国はボスニア・ヘルツェゴビナを構成する構成体のひとつです。まずはボスニア・ヘルツェゴビナの位置を確認しましょう。ボスニア・ヘルツェゴビナはバルカン半島にある国。1992年にユーゴスラビアから独立しました。
ボスニア・ヘルツェゴビナにはボスニア人、クロアチア人、セルビア人が住んでいます。スルプスカ共和国はセルビア人が多く住むエリアを領土にし、ボスニア・ヘルツェゴビナの49%を占めています。
一応、ボスニア・ヘルツェゴビナに属しますが、独自の旗、独自の歌、そして独自の大統領がいるのが特徴。事実上のスルプスカ共和国の「首都」はバニャ・ルカです。
ちなみに「スルプスカ」とは「セルビア人」を意味し、きちんと訳すと「セルビア人共和国」になります。ただし、この表記にすると隣国の「セルビア共和国」と間違えるため、「スルプスカ共和国」と表記することが多いようです。
スルプスカ共和国のおすすめスポット


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日本語で書かれたボスニア・ヘルツェゴビナのガイドブックを見ると、サラエボやモスタルが出てくると思います。サラエボ旧市街やモスタルはボスニア・ヘルツェゴビナ連邦に属します。一方、スルプスカ共和国はボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側と比べるとマイナーかもしれません。
その中で、おすすめしたいのがセルビア国境に近いヴィシェグラードという町です。ヴィシェグラードにはドリナ川が流れ、ドリナ川には世界文化遺産に登録されているソコルル・メフメト・パシャ橋が架かっています。
16世紀につくられたソコルル・メフメト・パシャ橋と周辺の山々との組み合わせはまさしく絶景!ヨーロッパというよりは中東、アジアのような景色です。

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文学が好きな方はノーベル文学賞を受賞したイヴォ・アンドリッチに注目しましょう。アンドリッチはソコルル・メフメト・パシャ橋を題材にした小説『ドリナの橋』で一躍有名になりました。実はアンドリッチはヴィシェグラードの出身。ヴィシェグラードにはアンドリッチの住居もあります。
このような美しい景色を見ると、トレッキングにチャレンジしたくなる旅人もいるでしょう。ですが、単独でのトレッキングは考えもの。山中には1990年代に埋められた地雷が残っている可能性があります。トレッキングをしたい方は現地でガイドを雇うか、現地ツアーに参加することをおすすめします。
ヴィシェグラード&スルプスカ共和国へのアクセス


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ヴィシェグラード並びにスルプスカ共和国へはセルビアの首都、ベオグラードから出ているバスが便利。ベオグラード~ヴィシェグラード間は約6時間です。
注意したいのがサラエボからアクセスする場合。サラエボからヴィシェグラードへ向かう際は、スルプスカ共和国に属する東サラエボバスターミナルから出発します。サラエボ駅近くにあるバスターミナルからは出ません、ご注意ください。
サラエボの中心地から東サラエボバスターミナル方面へのバスはありますが、終点からバスターミナルまで少し歩きます。したがって、タクシーで直接行くことをおすすめします。
スルプスカ共和国の通貨について
スルプスカ共和国は独自の旗や歌はありますが、独自の通貨はありません。スルプスカ共和国の通貨はボスニア・ヘルツェゴビナの通貨「兌換マルク」です。ただし、柄はボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側と異なります。
ヴィシェグラードはセルビア国境に近いせいか、セルビア・ディナールも使えました。それでも怪訝そうな顔はされましたが。なおヴィシェグラードクラスの町ではクレジットカードが使いにくいのでご注意を。
ヴィシェグラード&スルプスカ共和国の宿泊施設
スルプスカ共和国に限らずですが、旧ユーゴスラビア諸国では民泊「SOBE」に泊まってみましょう。「SOBE」では地元の方の生活ぶりが学べます。「SOBE」は中心から外れている場合が多いので、夜にチェックインする際は入念に行き方を確認しましょう。
スルプスカ共和国の注意点


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スルプスカ共和国を含むボスニア・ヘルツェゴビナは1992年~95年にかけて、民族紛争を経験しました。今でもボスニア人、クロアチア人、セルビア人の民族融和は進んでいるとは言い難い状況です。民族や紛争のことを質問する際は最大限の配慮を忘れずに。できれば事前に軽く勉強するといいでしょうね。